➄笠沙の岬
その日、笠沙の岬には早春の風が静かに流れていました。穏やかな風は潮の香りを運び、姫は至福のひと時を岬で過しておりました。
ニニギの尊は朝から妙に落ち着かずに、赴(おもむ)くままに櫛の津より笠沙に向かいました、長い白砂の浜は打ち上げられた、海草の干される香りに包まれて、寄せる波に歩調合わせてゆっくりと進みます、肌を指す冬の風も陽光に照らされて和らぎ何事も事も無く岬の下に着きました。
ニニギの尊は岬を見上げて「どうしても岬に行かねば」と強い想いに押されて、供の者にここで休憩するように命じ、お一人で急峻な山道を登ります。途中の景色の美しさなど目にも止めずに一気に登り切りました。
ニニギの尊は一瞬、夢の中に飛び込んだのかと、自らを疑いました。この別天地、いや別世界とも言える、不思議なベールと共に居座る、姫に呆然と見とれて仕舞いました。
しばらくして、姫は「あなたですね、私の願いを聞き、おいでになられた方は」とお尋ねになりました。ニニギの尊はそれに答えずに「食物の種をお持ち致しました」とお答えになりました。お二人とも、その一言で出逢うべきして出逢う相手である事を確信したのでした。姫は大山津見の神〔海神〕にお会いして欲しい旨お伝えをして、お別れを致しました。
翌日、姫はニニギの尊を供に笠沙山から降(くだ)り、笠沙(かささ)の長屋(ながや)に着きました。海神はニニギ尊を特別な使者〔天の使者〕として、暖かく迎えその日は夜遅くまで、ニニギの尊に千穂の郷の事や稲の育て方などを詳しく聞きました。海神は大層に喜び、新しい文明を運んで来られたニニギの尊に対して、吾田姫との結婚をお許しになり、姫の為に笠沙山に笠沙の宮を建てました。
そしてニニギの尊を大山津見の神の後継者としたのでした。この時に、姉岩永姫も同時にニニギの尊に嫁がせたのでした、よく働きよく気配りをする姫でしたが、桜の精とまで言われた吾田姫と並べ比べると醜く感じられたのでしょう。岩永姫を海神のもとにお返しになられました。
>>その8へ続く
(著者:有留 秀雄さん)